
食肉加工機械製造大手のなんつねは24日、大阪市北区のザ・リッツ・カールトン大阪で創業100周年記念祝賀会を開催。食品機械、小売、流通業などの関係者多数が参集し、華やかに執り行われた。
なんつねは1925年(大正14年)の創業以来、食肉加工機械の製造・販売を行ってきた日本の食肉機械製造のパイオニア。同社の歩みは、そのまま日本の食肉加工機械の発展の歴史でもあり、フロントランナーとして業界をリードする中で、近年は商品企画から食肉製造ラインの提案、生産性向上に向けたコンサルティングに至るまで一気通貫に手掛ける、機械メーカーにとどまらない食品工場におけるトータルソリューションカンパニーとして業容を広げている。
祝賀会では主要クライアント、パートナー企業をはじめとする関係者多数が出席。式典の冒頭、登壇した南常之社長は「当社の歴史は1925年、創業者である南常治郎が南常刃物工作所を創業し、刃物職人として独立したことから始まった。天才的な刃物職人であった常治郎は、オランダのハムスライサーに使う丸刃の制作依頼を受けたことを機に、将来、日本人も肉をたくさん食べる時代がやってくると確信し、29年、日本で初めての食肉スライサーの開発・販売を開始した」
「その後、常治郎は54年に2代目社長の常男に事業継承すると大阪・八尾に安国寺を建立。僧侶の道を歩んだ。私もその教えを受けて昨年、得度した。2代目は、数多くの食肉スライサーのヒット機を売り出し、全国に販売代理店網を広げることに成功した。本日も、長年支えていただいている販売代理店の皆さまに出席いただいている。そして、86年には中国北京に工場を建設。当時は、中小企業はもとより、パナソニックですら中国に進出する前の時代だった」
「89年には父である幸次郎が3代目社長に就任。関東圏での販路拡大や海外展開を積極的に推し進め、99年には韓国南常を設立し、さらに社業を発展させた。しかしながら、これから事業拡大を目指す58歳という若さで不慮の事故により急逝。2010年から私が社長を務めさせていただいている。
これまでは、食肉スライサーの製造・販売が中心になっていたが、食を生み出すプロセスに貢献するというミッションの下、食品機械販売に加えて、オリジナルのソーセージなどの商品企画や食品工場のレイアウト提案などを通じて、顧客の利益創造に貢献をしている」
「このように、100年にわたって事業が継続できたのは、ひとえに当社製品を使ってくださるお客さま、そして製品作りに尽力いただいている関係各位のご支援のたまものだ」
「なんつねは、これから101年目に向かっていく。200年、300年と続く企業に成長していくためには、数ある社会課題の何に着目し、どのように解決するかが肝要。これからも当社はお客さまへの貢献を通じ、引き続き社会課題の解決に尽力していく。今後も変わらぬご支援、ご指導をお願い申し上げる。本日は創業者常治郎の生誕125年目という節目の日でもある。創業者が大切にしていた、周りから受けている恩を知り、その恩に報いるという『知恩報恩』を改めて胸に刻みたいと思う」とあいさつ。
その後、来賓祝辞として大川原行雄一般(社)日本食品機械工業会会長((株)大川原製作所社長=左頁上から3番目)、フクシマガリレイ(株)の福島豪社長、岡田一樹藤井寺市長がそれぞれの立場から次の通り祝辞を述べた(続きは食肉速報に掲載)